手植えで作るブラシの日用品
工業用ブラシを手がける寺沢ブラシ(東京都江東区)では、数年前から個人向けのブラシ作りをスタート。そのうちの一つ、洋服ブラシは衣類についたホコリや花粉を除去してくれるほか、繊維を整える効果もあります。注文を受けてから作られる洋服ブラシの作業風景を見せていただきました。
洋服ブラシとは

・ホコリや花粉などの除去
・繊維の流れを整える
・繊維に空気を取り入れることで型崩れを防止
洋服ブラシは豚や馬などの毛が使われますが、寺沢ブラシでは馬毛を使用。しなかやかでキメの細かい馬毛は、カシミヤやスーツ、着物用など繊細な衣類のほか、厚手のコートにも適しています。動物の毛を使ったブラシは化学繊維を使っているものとは異なり、静電気が発生しにくいのが特徴。衣類に負担をかけることなく使用できると、愛用者も多くいます。
下準備:毛材の洗浄・整毛

動物の毛を使うときには、商品に使用できる状態にするために下準備を行います。
「手間がかかるから、時間のある時を見計らって事前にやっておくんだよね」と一久さん。まずはその作業工程から見ていきましょう。



動物の毛の下準備は以下のとおり。すべて手作業で行われます。
(1)靴用や洋服用など用途に合わせた長さにカット
(2)適量の束を作り輪ゴムで止める
(3)ホコリや汚れを落とすために水洗いをして天日干し
(4)乾いた毛材の中からクセ毛や切れ毛などを除去
「同じ動物の毛でも太さと強度はそれぞれ。手入れをして、使えないものは除去していかないとね」と一久さん。
寺沢ブラシでは一久さんと奥さんの夫婦2人だけで作業するため、負担も大きなもの。それでも全工程を自分の目と手で確認していきます。最良な商品を作るために、手間を惜しむことはありません。
【工程1】植毛台に穴を開ける


下準備が整ったら、いよいよブラシ製作へ。
まずは毛材の土台となる植毛台に穴を開ける作業。垂直に正確な穴を開けるボール盤を使って開けていきます。毛材を抜けにくくするため、植毛台の上面に向かって穴のサイズが小さくなるよう、キリを使用。
穴の数や間隔、サイズは目的によって様々。毛材が異なる3種の靴用ブラシも作る寺沢ブラシでは、毛材の太さや強度に合わせて調整しています。
「お客さんの中には、“毛量を少なくしたいから穴を小さくして作って”って言ってくる人もいるよ」と一久さん。買ってくれる人の希望に沿うものを作りたいとの想いで、細かなニーズにも対応している。
【工程2】毛材を植え込む



手植えブラシでは、植毛台の穴の一つひとつに毛材を植えていき、隣接する穴同士が引き線と呼ばれる糸(ナイロンやステンレス線など)で紡がれていきます。
(1)二つ折りにした引き線を植毛台の裏側の穴から表に通す
(2)二つ折りにした馬毛を引き線に通す
(3)毛材と引き線を引き植毛台に植え込む
寺沢ブラシで使用する引き線は、企業からの依頼で他の素材を使用することはある場合を除き、すべてステンレス線を使用。強度が強く耐久性に優れているが、太さによっては繊細に扱う必要が。

洋服ブラシで使うステンレス線の太さは0.3ミリ。
「毛が多すぎたり、強く引きすぎてしまうと切れることがあるんだよね。ほかの工房では切れないナイロンを使ってるところもあるみたい。でもうちは全部ステンレスでやってるよ」
一久さんは素早い手つきながらも、毛材が植毛台に差し込まれる寸前で、微妙に力加減を変えています。扱いにくい素材でも高い技術を駆使すれば、引き線が切れることはありません。0.3ミリという極細のステンレス線を使っていることに、職人としての誇りが伺えます。
【工程3】引き線を隠す蓋付け


すべての穴に馬毛を植毛し、引き線の凹凸を滑らかにしたら、上面に薄い板の蓋を取り付けます。木工用ボンドを塗り終えたら真鍮の釘を数か所打ち、本体と合体。

蓋をしたら、持ち手の下部に、紐を通してぶら下げて保管できる穴を開けます。
【工程4】木地に仕上げ加工を施す


木工研磨機を使って、本体とフタの大きさを揃え、持ち手や角などをに滑らかに仕上げていきます。さらに、もうひと工程を経て仕上げとなりますが、この工程は企業秘密。
【工程5】毛丈を揃える

刈り込み機にブラシをセットして、毛先を50ミリに揃えていきます。
本来は刈り込み時に外側の毛がハネてしまうのを抑える工具を取り付けていますが、毛先をカットしている状態をわかりやすくするため、工具を外した状態で撮影させていただきました。


途中クシを通して寝ている毛を起こし、再び刈り込み。これを繰り返しながら毛材の長さを均一に整えていきます。


最後に毛先をハサミで整えて完成。
「使っているうちにどうしても毛先が出てくるものがある。その時は引っ張らないでハサミでカットしてほしいんだよね。引っ張ると毛量が減るし、他の毛も抜けやすくなるから」と一久さん。
毛材の洗浄、整毛、植え込み、木台加工などいくつもの段階を経て完成する手植えブラシ。手をかけて作られたものだからこそ、使い手も愛情を持って使えば、長く愛用できる一点物になるはずです。
購入方法:寺沢ブラシのWEBサイトにアクセス


寺沢ブラシの洋服ブラシと靴ブラシの木台には、軽く収縮などによる歪みや変形が少ない朴木(ほおのき)を使用。自然のものだけに色や木目に個性があります。
「注文してくれるときにうちのロゴがいらないって言われれば、焼印なしのも作るよ」と欲の無さにも驚きます。自分の作品であることを主張することなく、使う人が望むことに応えたいという実直さは、まっすぐに植えられたブラシのよう。
洋服ブラシは寺沢ブラシ製作所のWEBサイトから購入可能。他にも靴用ブラシ、革製品用のスウェードブラシも掲載されているのでチェックしてみて。毛材の長さの調整や焼印に関する問い合わせはSNSのDM、または公式サイトの問い合わせメールで受け付けています。
手植えブラシオンラインショップ:https://brush224.thebase.in/
寺沢ブラシ製作所:https://www.terasawa-brush.com/
Instagram:@ terasawa.brush
Twitter:@teuenoburasi
Photographer / Jin Saito