染め物の型染めに使用する型紙
濱甼高虎で使用する地紙は三重県鈴鹿市で作られている伊勢型紙。伊勢型紙は、和紙を渋皮で張り合わせ、天日乾燥をしたのち燻製、半年から1年ほど寝かせることで生まれる伝統技術の賜物です。その歴史は古く、100年以上ともいわれています。
今回は高虎の職方・髙林晋さんが型紙を彫る様子から、彫り上げた型紙を染めの工程で使用できる状態にするための「紗張り」の前段階、「裏打ち」の作業工程までをご紹介します。
型彫り
本来染め物を作る工程は、図案を書く絵師、型紙を彫る彫り師、型紙に紗を貼る紗張り、染めを行う職人や仕立屋など、分業で行われます。しかし近年では、職人の高齢化や需要の減少などを理由に廃業する専門業が増え、高虎ではほぼすべての工程を自社で行っています。
取材をさせていただいた型彫りの図案は飲食店さんのもの。高虎で扱う商品の図案はすべて手書きで行いますが、今回は店舗の方が用意したロゴを元に、晋さんがレイアウトを考案。
工程(1): “吊り”を書き入れ、型紙に貼る


図案に“吊り”と呼ばれるポイントを書き入れ、松脂を溶かし込んだ蝋(ロウ)で型紙に貼り付けます。“吊り”とは、型紙の外枠と接しない部分を繋ぐ接点のこと。図柄通りに彫ってしまうと型紙から離れ落ちてしまう箇所が出てしまうため、外側や他の接点と繋いでおく必要があります。
どこに、何箇所“吊り”を入れるのかも重要なポイント。“吊り”は後の工程、「裏打ち」(裏側に藁半紙を貼る)の仕上げで切り離されますが、数が多いほどあとの工程で手間が増えてしまうので、強度を保ちながらも必要最低限にして付けるのだそう。何気ない工程のように早々と作業を進める晋さんですが、一つ一つの作業に経験の積み重ねを垣間見ることができます。
工程(2):型彫り


直線はもちろん、曲線や細部もすベて手作業で彫っていきます。図柄よっては複数の小刀を使う場合も。
ちなみに写真の図案の型彫りを行っていた場所は、とある催事場。晋さんが催事場にいるときは、合切袋に染料を使って名前を入れる「名入れ」の実演を行うため、その合間を縫って型彫りをしていました。催事に訪れていた人たちの中には、ささっと彫り進める様子を食い入るように見つめるお客さまの姿も。今後の催事でも運が良ければ、普段見ることのできない作業風景に出会えるかもしれませんね。



裏打ち
高虎の工房にて。
裏打ちとは、前途した通り「紗張り」の前段階。型紙の裏側に藁半紙を貼り合わせます。塗布する糊は、小麦粉に水を加えて火にかけとろみを出し、再び水を加え、ちょうど良い塩梅になったものを使用。

『昔の型紙って土に戻れるんだよね。地紙は今も和紙と柿渋で作られていて、裏打ちで使う糊も小麦と水だけ。紗張りで使う紗は木綿や絹を使っていたし、接着剤は漆でしょ。今はSDGsなんていうけど、昔のものはほとんどSDGsだったんだよね』と晋さん。
工程(1):藁半紙と型紙に霧吹きで水を当てる


型紙は和紙で作られた紙。
乾燥した型紙に直接糊を塗ると、塗布した部分だけが水分を吸収して歪んでしまうため、型紙の表裏全体に水を当て、布で叩きながら余計な水分を拭き取ります。
工程(2):型紙に糊を塗布

刷毛を使って糊を型紙の裏側に塗布していきます。糊の量にムラがないか、塗れていない箇所がないかを確認しながら作業を進めます。最初に塗った箇所から乾いていくので、時間との勝負でもあります。
工程(3):型紙に藁半紙を貼る



糊を塗布した型紙に藁半紙を置いていきます。何気なく置いているように見えますが、藁半紙が斜めになったり、端が行き届かなくなったりしてしまわないよう、型紙に対して水平に置くのは難しい作業。
『難しくなんかないよ。ただ少し慎重に』
晋さんはそう言って笑いますが、やはり、すごいなぁと見入ってしまいます。
藁半紙を置き終わったら、手のひらを使って型紙と藁半紙を密着させていきます。これは余分な空気を取り除いていく作業でもあります。理由は、糊が乾いた時に空気が入った箇所と、型紙に密着している箇所が引っ張り合うことで生まれる歪みを防ぐため。
そして型紙の表側へにじみだした糊を拭き取ったら型紙を乾燥させます。
『俺はせっかちだから、乾燥を待たずにすぐに次の作業をしちゃうんだよね』と晋さん。
さっそく次の行程へと移りました。
工程(4):吊り切り


いよいよ“吊り”を切り取る作業。
小刀で型紙の外側や図柄同士を繋いでいた“吊り”を切り離していきます。
型紙を彫る時に晋さんが話していた「吊りが多いと後の作業で手間が増える」というのは、この吊り切りのこと。極力手数を減らすように、計算して吊りを入れるのは、こうした工程を見越してからのことだったのですね。
吊り切りでは藁半紙まで切ってしまわないよう、手加減を調整。素早く吊りを切っていく晋さんですが、これもまた経験がものをいう作業の一つ。吊り切りが進むにつれ、図柄の全貌が見えてきます。

吊りを取り除いた部分にも糊が残っているため、切り取るたびに霧吹きで水を当て、布で拭き取っていきます。

『藁半紙に糊が残っていると、このあと紗を張る工程でその糊が紗に付着しちゃうんだよね。紗は細かい糸だから取り除くのが大変。紗を痛めてしまうことにもなるから、裏打ちした時にしっかりと拭き取っておかなくちゃいけないんだよ』と晋さん。


裏打ちと吊り切りが完了しました。写真が図案通りの状態になった型紙です。
この後、全体が乾くまで乾燥させたら、紗張りの工程へ。
紗張りの工程は次回の記事にてご紹介します。
取材中のこぼれ話
取材中や取材後に伺ったこぼれ話をいくつかご紹介。
黙々と作業をしながらもいろんな質問にお答えいただきました。
吊り切りされた型紙は再利用
“吊り”だった型紙は、細かくなってしまったものを除き、極力再利用するそう。
『型紙の修正に使ったり、“貼り込み”って言っていう吊を付けない小さな粒を貼っていくような型を作るときに使うんだよね』

写真のような小さな粒の連続に“吊り”を入れるには最低2箇所の吊りが必要で、彫るのも吊り切りも手間。そのため先に粒を彫って作り、その粒に糊をつけて貼っていくので、この作業を“貼り込み”というのだそう。
とはいえ、粒を作るのはもちろん、貼り込んでいくのにも根気がいる作業です。
『手彫りをするのは髙虎としての意地みたいなものかな』
「高虎にオリジナルの手ぬぐいを発注する方々は、手彫りがいいという方ばかりですか?」と尋ねると、意外な答えが返ってきました。

『うちが手彫りでやっていることを気にしている人は少ないと思う。正直、お客様には手彫りかどうかはあまり関係ないんじゃないかな。ウチの勝手な意地みたいなもんだからね』
『ま、結局自分を納得させていると言うか、デジタルでやるのが嫌だっていうだけ(笑)』
『“彫りができる”段階になるには、小紋が彫れるかどうか』
「型彫りができる」といえるのには、小紋が彫れるかどうかが一つの目安じゃないかと晋さんはいいます。小紋は細かな紋様が一方向に繰り返して描かれている柄のこと。

小紋の型紙は、柄のすべてを彫り上げるのではなく、型紙を折ったり、切って重ねたりして彫り上げるため、繊細な技術と労力が必要とされます。
晋さんは、取引先でもある彫り師の方に教わりながら技術を習得してきたそうですが、小紋を彫る伊勢の職人の方からも技法を学んだそう。
『百貨店の催事で三重県の津へ行ったとき、お客様として来場された方が小紋を彫る職人さんだったの。その場で色々話をして、“催事の営業時間が終わったあと工房にお伺いしてもいいですか?”って伺ったら、快く“いいよ”って言っていただいて。そこでいろんな彫り方とか工程やコツを教えていただいたんだよね』
華やかで豪華な絵柄に目が行きがちですが、正確に柄を彫り続けることで完成する小紋にこそ、熟練による高度な技術が詰まっています。