型紙に紗を貼る「紗張り」
図案を彫り上げた型紙を、染めの工程で使用できる状態にする作業のことを「紗張り」といいます。紗とは網状の織物で、以前は木綿や絹で作られていました。今では需要が少なくなってしまったため、化繊が主流となっています。
紗張りは本来、専門業者が行いますが、職人の高齢化や仕事の減少などにより、紗張屋は年々少なくなっています。高虎でお願いしていた紗張屋も閉業されてしまい、高虎がその技術を引き継ぎ、紗張りを行っています。
工程1:型紙の大きさに合わせて紗をカットする
手ぬぐいや半纏、のれん、袋物など型紙の大きさはさまざま。まずはそれぞれのサイズに合わせて紗をカットしていきます。

紗をカットしているのは、紗張屋を営んでいた“おかあさん”の娘さん。高虎で紗張りを行うときに手伝いに来てくれています。
「父が若くして亡くなったあと、母が紗張りをしてきましたが、コロナの影響もあり、紗張屋を閉めることにしました。紗張りで使っていた道具からプレス機の万力まで、高虎さんが引き受けてくださって、とても感謝しています」
“おかあさん”の働きぶりを知る高虎の職方・晋さんも「おかあさんは本当にすごい人だよ」といいます。その意味を、このあと知ることとなりました。
工程2:紗張りの下準備を行う(仮張りと本張りの2工程がある)


紗張りでは、型紙と紗の接着剤となる漆を使います。
漆は肌に触れるとかぶれてしまうことがあるため、手や腕を保護する手袋が必須。衣類に付着しても取れないので、作業するときは汚れてもいい服装に着替えます。

仮張りでは、乾燥度が異なる2種類を混ぜ合わせ、紗張りに最適な状態の漆を調合します。
漆は湿度が高くなるほどに固まる性質を持っており、季節や天候に応じた調整が必要なため、調合は難しい作業です。
工程3:型紙と紗に漆を塗る


型紙の表面、次に紗という順番で漆を塗っていきます。
ローラーに塗布した漆が均一になるように作業を進めます。
この日、紗張りを行う型紙は8枚。漆は徐々に乾燥していくため、時間との勝負でもあります。
一般的な手ぬぐいのサイズは横約90〜100cm×縦約34cm。これが何枚にも及ぶと作業もひと苦労。繊細さと同時に体力も求められます。


紗に漆を塗る作業では、紗の目に漆が詰まることあります。そのため、目詰まりがあるところはローラーで詰まりを除去していきます。
型紙が8枚あれば、紗も8枚。徐々に乾いていく漆は待ってはくれません。一時も休むことなく、作業が続きます。
工程4:型紙の裏面に水を噴射

漆を塗った型紙の裏面に水を噴射していきます。これは縮んだ型紙を伸ばし、裏張りした紙を剥がしやすい状態にするため。
晋さんが漆を塗り、 娘さんが水を噴射する作業を担当。息を合わせながら、リズムよく作業が進んでいきます。

工程5:型紙に紗を張る



二人で紗の端を持ち、型紙の表面に乗せ、余分な浮きや皺が出ないように紗を馴染ませていきます。向かい合って、最初は横、次は縦と、中央から外側に向け、紗と型紙を密接させるようにならします。
二人三脚で行う紗張り。紗が木綿や絹だった時代は、生地が歪まないよう、引っ張っり合って地の目を通していたといいます。
「喧嘩するとうまくいかない、なんていわれていましたね」と娘さん。
生地を張る強さや感覚は、息が合わないと難しい作業なのです。
工程6:裏打ちした紙を剥がす



続いて、型紙の裏面に貼ってある紙を剥がします。
まずは紙を剥がれやすくするため、全体に馴染ませるように水を噴射します。
娘さん曰く、裏打ちした紙を剥がす工程が一番難しいのだそう。
紗の編み目に接着する面積が少ない文字や柄の部分は、紗から剥がれてしまうことがあるため、慎重に。ヘラを添えながら剥がしていく作業は、息を呑むように、静かな時間が過ぎていきます。
「漆を塗るところから裏張りを剥がすまで、ずっと中腰で力もいる作業。おかあさんは本当にすごい。鉄人だよ(笑)」と晋さん。
紗張屋を営んでいた“おかあさん”は85歳で引退しました。
旦那さんが亡くなり、後を継ぐことになったおかあさん。仕事を始めたころは常連さんに「同情だけでは仕事はあげられない。仕事を見てからじゃないと」と、いわれていたといいます。
「質が落ちたと言われないようにという強い信念のもとに、仕事を続けてきたのでしょう」と晋さん。
紗張を行う二人の作業風景の中に、“おかあさん”の歴史を見ることができました。
裏張りについて知りたい方は、こちらの記事をご覧ください。
【染め物・濱甼高虎】型紙作りの工程:型彫り〜裏張り

工程7:適度な乾燥と圧着


紗を張った型紙を、万力と呼ばれる木製のプレス機の台に置き、適度に乾燥させます。
漆の粘り具合を確認し、ちょうど良いころ合いになったころ、プレスします。

ハンドルを回し、型紙と紗が張り付くように万力で圧力をかけ、数時間寝かせます。ちなみに使用している万力は100年もの。
このあとは、本張りの工程へ。万力から取り出した型紙に、乾燥の早い上質な漆を塗り、半日ほど乾かしたら、型紙の仕上がりです。

紗張りの作業では、複数の型紙同士がくっ付いてしないように、間に紙を挟みます。
その紙は、地紙に余った漆を塗って乾かし、仕上げに使用済みの天ぷら油を塗ったあと、キレイに乾拭きしたもの。
すべて無駄なく活用してきた先人たちの知恵だそう。

染色業界を支えている手仕事
都内で紗張屋を営んでいた“おかあさん”の引退を機に、紗張りの技術を受け継いだ高虎。「ずっと続いてきたこの仕事。誰かがやらなきゃ絶えてしまう」と話してくれましたが、その技術を受け継ぐ人は今のところ誰もいません。
「技術を受け継ぎながらも、終わらせてしまう可能性もある」と、晋さんはいいます。
いく人もの職方さんの手を経て、ようやく手にすることができる染め物。手作りだからこそ、先人たちの知恵や作り手の温かさを感じることができるのだと、改めて実感しました。
いろいろなものが量産消費されていく今、温もりの詰まった染め物に目を向けてみてはいかがでしょうか。