職人という肩書きを嫌う職方
日本橋浜町にある「濱甼高虎」。江戸っ子の粋を柄に染めた合財袋を代表に、半纏や手ぬぐい、トートバッグなどの染物を多彩に揃え、料理店の暖簾など誂え品の製作も行なっています。
この日伺ったのは染工場。中を覗くと職方・髙林晋(たかばやしすすむ)さんが黙々と作業をしていました。通称 “晋(しん)さん” は25歳で高虎の門を叩き、先代のほか、型紙を彫る型屋の彫師、型紙を完成させる紗張屋、染工場の職人などから様々な技術を習得した職方。
実は少々手強い性格で、会うたびに「職人っていわれるのは好きじゃねぇんだよ。だって何もすごいことしてねぇもん」といい、こちらはいつも苦笑い。けれど何度も話をしていくうちに、軽快な会話のリズムにどんどん引き込まれ、帰り際が名残惜しくなり、また話を聞きたくなる、とても不思議な職方さんです。
染物を扱う「濱甼高虎」

創業は1948(昭和23)年。正式な書物は残されていませんが、前身は江戸後期に創業した染元「紺屋」で、初代・髙橋虎雄さんが「紺屋」の技術を受け継ぎ、主に呉服の反物を扱う呉服卸商として開業。2代目・髙橋欣也さんからは時代の変化に伴い、より日常的な商品を作るようになりました。
日本橋という土地柄、お祭りの半纏や合財袋(手提げ袋)などをメインに、様々な商品を製作しています。三代目・髙橋由布さんの現在も普段使いできる染物を扱っていますが、「濱甼高虎」の製造工程は少しずつ様変わりしています。
従来の主な仕事の流れは以下の通り。
(1) 図案:お客さまからの注文や自店商品の図案を絵師などへ依頼
(2) 型彫り:型屋(型紙を彫る職人)に依頼
(3) 紗張:彫り上げた型紙を染めの工程で使用できる状態にするため、型紙に紗を張る紗張屋に依頼
(4) 染色:染工場に商品の色染めを依頼
(5)仕立て:縫製を仕立て屋に依頼 ※一部は濱甼高虎にて縫製
(6)納品
しかし現在では分業だった絵師や型屋、紗張屋が職人の高齢化などにより縮小や廃業となり、(1)・(2)・(3)に加え、染色(織られた生地から色を抜いて染める抜染)も高虎で行なっています。
「職方としてできることをやる。ただそれだけ」

生地を染めることと織ること、それ以外の工程をすべて手がける高虎。工場で作業をする晋さんに「晋さんを総称する肩書きが見つからない」と話すと、「そんなもんはなくっていいんだよ。言うなら何でも屋じゃない?(笑)」と晋さん。
子供の頃から絵を描いたりモノを作ったりするのが好きだったという晋さん。美術高校を経て文化服装学院に入学しましたが、“洋服は買うものだ” と早々に割り切り、卒業後は広告代理店でグラフィックのデザイナーとして勤務。大手企業のデザインを担当するも、ここでも “なんか違う” と潔く退社。そして職人の本を片手にいろんな工房を歩きまわり、辿り着いたのが高虎だったと言います。

「デザインしたり図案描いたりしてるから、今でも代理店にいた時とやってることは一緒。でも高虎での仕事は直接お客さんだから意見の交換がストレート。ダイレクトに対話ができるから、そっちの方が性に合ってると思う」
「いろんな町で行われる祭でカッコつけたい人、楽しみたい人たちが着るものや使うものが作れるようになれたら、その土地の人たちのお役に立てるってこと。使う色、好きな柄とかに地域性が出るから、そこでお役に立てるようになるかは自分の努力次第。その関係性が自分に合ってるんじゃないかな」
高虎のベストセラー・合財袋

数ある高虎の商品の中でベストセラーなのが、身の回りのものを一切合切入れる袋という意味を持つ合財袋。先代の髙橋欣也さんが洒落の効いた縁起柄を染め抜き、江戸好みの合財袋を製作、販売を始めました。

高虎の合財袋の絵柄は、生地から色を抜く技法 “抜染” で表現しています。抜染を行うのは埼玉の染工場。以前はこの染工場を営んでいた職人に依頼していたが、その方が他界され、今は晋さんが行なっています。


「オヤジが作業している姿をいつも見てて、オヤジに頼んでやらせてもらえるようになったんだよね。オヤジがいなくなったあと、道具が全部揃ってるのに工場をなくすのは勿体無い。抜染は自分でもできるようになってたから、高虎の先代に『俺がやる』って言ってさ。工場の女将さんにここ使わせてくださいってお願いしたんだ」と晋さん。
オヤジさんが亡くなって今年で12年。
当時と変わらない工場で作業をしながら、晋さんは「オヤジがまだ生きてるようだよな」と笑っていました。
抜染工程(1):型紙を使い生地の上に抜染糊を置く


高虎の合財袋の生地は江戸の町民に愛された “かつお縞生地” 。かつおの背中から腹にかけて色が薄くなるように濃淡をつけた縞のことで、この生地の上に型紙を使い、抜染糊を置いていきます。
抜染工程(2):糊を乾燥させ、蒸器に入れる下準備


糊を乾燥させたら、生地の上に新聞紙を置き、蒸器に入るように生地を丸めていきます。新聞紙を置くのは、糊が柄以外の部分に移染するのを避けるため。
抜染工程(3):蒸器で生地を蒸す

銅製の蒸器に入れ生地を蒸すことで、抜染糊を置いた部分の色を抜いていきます。
「毎回おんなじようにやっても色の抜けが悪かったりするんだよな。もうぐったりするよね。不上がりになったら商品になんないし(笑)」。不上がり品を見せてもらうと、素人目では “言われなきゃわからない” 程度。
「それでもこっちは分かってるから。問題なく仕上がるとほっとするよ。気温や湿度を見ながらデータとったりしてるけど、なかなか分かんないんだよ」と晋さん。
抜染工程(4):糊を洗い流し生地を乾かす


蒸器から生地を取り出し新聞紙を取り除いたら水場へ。糊を洗い流したら脱水して乾燥。
このあと、整理・裁断・縫製の工程を経て、高虎の店頭や全国の百貨店で開催される催事に合財袋が並びます。

「本来は表に出ない仕事」

「今みたいな時代だから取材されたりするけど、本来は表に出ない仕事。誰かに仕事の内容を話すこともないわけだし、当たり前のことをしてるだけだから」と晋さん。図案の作成、型紙彫り、紗張、抜染も、できることをやってるだけと話します。
一番好きな瞬間を聞くと「まさかの販売員までやるからな。やっぱり、売場でお客さんが楽しそうに買っていただく姿を見れるのが一番うれしいかな」
催事で、晋さんや高虎のスタッフがお客さんと会話をしている姿を何度か目にしたことがあります。
ハサミが連なる柄は “切っても切れぬ縁” 、骸骨がキセルで一服する柄は “骨休め” など、粋な洒落を聞くとみんな笑顔になり、「これは?」「こっちは?」と会話が弾んでいきます。そのうち「この柄はお父さんにぴったり」など、手にした合財袋が大切な人を思うプレゼントへと変わっていく瞬間を目の当たりにし、知らぬ間にこちらも笑顔に。

晋さんはこう話します。
「伝統工芸っていわれているモノを扱ってるから、すごいことをしてるように見えるんだろうけど、みんな一緒。“職人” って言葉で自分たちと違うと思わなくていいと思う。無意識に持っている壁をなるべくなくして自分と同化させる。そうするといろんなものが見えてくる」
それでもやっぱり “職人はすごい” という気持ちは変わりませんが、晋さんの言う通り壁をなくして見てみると、また違った景色を目にすることができるんだろうな。
濱甼高虎のオリジナル商品はHPでチェック
半纏、合財袋、手ぬぐい、エコバックなど濱甼高虎の商品や催事情報はHPで見ることが可能。
購入は店舗のほか、全国で開催されるイベントにて。
HP:濱甼高虎
Facebook:Hamacho takatora
Instagram:@ hamacho_takatora
Photographer / Jin Saito