催事のための作品作り
2021年3月に行われる地方催事で販売する作品を制作していると聞き、江戸切子職人・矢部保氏の工房がある江戸川区へ。前回の訪問から約2か月ぶり。扉を開けると、そこにはいつもと変わらず、寡黙に作品作りに没頭している保さんの姿がありました。
3月開催:熊本・大分・兵庫での催事に参加


「おー、来たか」(保さん)
作業台を覗くと、保さんはグラスに水玉の模様を削っていた。地方の3か所で開催される催事に出店するため作品作りの真っ最中で、今は追い込み段階だといいます。
先代のころから参加しているというそのイベントは、熊本県にある百貨店「鶴屋本店」と大分県の百貨店「トキハ」、兵庫県の百貨店「西宮阪急」で毎年3月に開催されている江戸をテーマにしたイベント。鶴屋本店では「大江戸展」(2021年3月3日〜9日)、トキハでは「大江戸のれん市」(2021年3月11日〜17日)、西宮阪急では「大江戸工芸展」(2021年3月31日〜4月6日)と題したイベントで、東京・江戸の名物品がズラリ。※例年広島でも催事を行なっていたがコロナの影響により昨年と今年は中止となりました。
「昔は東京からみんな揃って移動してたんだけど、今は個人で行くようになったんだよ」と保さん。時代の流れとともに、いろいろと変化しているよう。伝統工芸の職人同士、仲が良いようで、「久しぶりにみんなに会えるから楽しみだよね」と保さんにも笑顔がこぼれます。


催事に訪れた子供たちとの出会い
以前、地方の催事で出会ったお客さんの中に中学生がいたと聞いたことがありました。
「地方では実演販売をするんだけどさ。熊本の催事の時に、じーっと見ている中学生の女の子がいたんだよ。その時から毎年来てくれるんだよね。今年は何を買うのか楽しみだね」

その子は毎年催事に訪れては「花一輪」という小さなビールグラスを購入し、昨年までに5色ある花一輪をコンプリートしたといいます。なので、“今年は何を買うのかが楽しみ”というわけです。
保さんを慕って訪れる小学生や中学生のファンは、広島や横浜にもいます。
「広島はねぇ、最初会ったとき中学生の男の子だったな。ご両親が伝統工芸を好きで一緒に見に来てたんだけど、毎年お年玉袋を持って買いに来てくれてさ。今や立派な社会人だよ」
少年は「花一輪」のほか、タンブラーの「そよかぜ」も持っているとか。保さんとの出会いにより江戸切子にすっかり詳しくなっていて、「ほかの人の作品って、結構雑なんですね」と話したそう。これを聞いて保さんは「手抜きできねぇな」と笑ったといいます。

横浜での催事には、最年少のファンとの出会いが。
「去年会ったんだけど小学生3年生の女の子。常設で置いてある俺の作品を見ていたらしくて、その時店員さんに“もうすぐ催事でこの職人さんが来るよ”って教えてもらって来てくれたんだよ。花一輪を買ってくれたんだけど、その子がね、“今はお金を持っていないからお母さんに払ってもらうけど、お年玉をもらったら返すんだよ”だってさ。うれしいよね」
シンプルな文様ほど高度な技が光る

この日、保さんが作業をしていた「水玉」は高度な技術が必要とされる文様の一つ。ダイヤモンドホイールに硝子の側面を当て、内側を覗きながら削りますが、横から覗くと円は楕円に見えます。また、硝子の底部分は視点が遠くなるため、半円に近い状態に。狂いのない正円を削るには、表面に削り出した円の形を何度も確認しながら作業しなくてはならず、技術はもちろん、直線を削る作業の何十倍もの労力と時間がかかります。さらに保さんの場合は磨きを手作業で行うため、削りの作業を繰り返すように水玉模様を磨いていきます。
「水玉の数を減らせば作業負担が少なくて済むってことですよね?」と不躾な質問をしてみたところ、保さんは「本当そうなんだよなぁ」と笑い、「硝子によって、いい塩梅の数っているのがあるから円の大きさも変えてるしね。時間かかってしょうがねぇよ」と呟く保さん。
「簡単に見える模様ほど、大変なんだよ」と微笑む姿に、ただただ頭が下がる思いです。
催事情報

グラスのほかにもさまざまな作品を手がけている矢部保氏。前途の通り実演を行うので、その高い技術を間近で見ることができる絶好の機会に、ぜひ足を運んでみて。ちなみに、おしゃべり好きの保さんは他の伝統工芸職人についての凄さも教えてくれます。
【江戸切子職人・矢部保氏が参加する直近の催事】
・2021年3月3日〜9日:熊本県・鶴屋本店「大江戸展」
・2021年3月11日〜17:大分県・トキハ「大江戸のれん市」
・2021年3月31日〜4月6日:兵庫県・西宮阪急「大江戸工芸展」